LotD:遺跡の発掘現場一覧 ドゥーマー、ファルマーの発掘現場各1か所追加 2020.10.18

書籍:ハッツの番人 歴史か神話か?第二巻

ハッツの番人 歴史か神話か? 第二巻

著 アルタン・バー・アル=カリル

 

第二巻は、第一巻からの続き。

 

ハンマーフェル南部の我が軍に対する奇襲攻撃の失敗後、我々はいくつかの小規模な連隊に分かれて北部地方に散開した。私の部隊は、スカベンとドラゴンスター間の上部に配置された。
スカベンとドラゴンスターの両都市は、人々の歴史の中に計り知れないほどの重要性を持っていた。この歴史的な地域で、我々自身が歴史に名を残すような出来事が起きるかに思えた。

 

我々が「番人」と呼ぶようになった彼らの伝説は、数週間が数ヶ月、やがて数年を経るにつれて次第に大きくなっていった。
サルモールの補給部隊に対する待ち伏せ攻撃の話、密偵たちの地下組織による、敵に対する有益な情報の伝達、さらには我が軍のために食料や物資を密輸しているという話もあった。
私には、これらの話の信憑性を確かめることも否定することもできないが、その頃に出会い、そして仕えた男の話をすることはできる。

 

彼の名はヴァレリウス・タイベリアス・アルトリア、赤輪の戦いの英雄だった。

実際、彼はエランディルによって帝都獄舎に投獄された。その後脱出を果たし、彼とその部下はハンマーフェルで私の部隊に向かう道を見つけたのだった。
我々は血みどろの戦争の最後の数ヶ月間を彼と共に戦ったが、はっきりしている事は、生きようが死のうが喜んで私の命を預けれる、そういう男だった。

 

戦争終結までの数ヶ月間、南部に残っていた我が軍の部隊も、徐々に北部へ押し込まれていった。
いくつかの部隊は、比較的安全で荒涼とした砂漠地帯を捜し求め、他はドラゴンスターの南にある我々の部隊に参加してきた。

何か壮大なことが起きようとしているのが、木々や大気を通して感じられた。当然、元エランディルの軍が我が方に向かっているのは承知していた。
様々な点で、我々は彼らの術中にはまり、窮地に追いつめられた。だが我々と彼らには大きな違いがあった。
それは彼の軍が、あまりにも長期間に渡って戦争を継続していたことだ。彼らは疲弊しており、和平の準備を整えていた。

だが、我々に残された選択肢は2つ、勝利か死であった。

常に研究熱心だったヴァレリウスは、ある意味レッドガードの伝承研究家だった。
失われたソードシンガーの剣術を実践し始めたという噂もあったが、確証はない。ただ、それに多少符合するかのように、オークランドとドラゴンテイル山脈を背にした場所で、我々は最終決戦を迎えた。

この歴史上の類似点をヴァレリウスは忘れていなかった。彼はハッツ山の戦いの伝説を引き合いに出して、我々兵士たちを鼓舞した。ともかく、彼は強力な旗振り役であり、どうしたら兵士たちを脈動させられるかを知っていた。
ヴァレリウスはハンマーと金床を記章として採用し、その記章は我々の軍旗にたなびき、鎧にも付けられた。

ハッツ山の戦いで、伝説的なフランダー・ハンディングが敵に立ち向かい、敵はそれを撃破できなかったという事実を、ヴァレリウスは証明した。圧倒的数の軍、鎧や武器を前にしてもなお、フランダーは敵を打ち破った。
この点で、私は多くの歴史家たちは美化しているのではないかと疑う。我々の戦いの話は、そんな叙情的なものではなかったのだ。

だが、我々は敢然と立ち向かい、そして負けなかったという事実は残る。それは戦いであり、さらに戦争という点で言えば、それは消耗戦であった。
この中で我々には優位な点があった。それは死を賭して祖国のために戦い、家に帰るためだけに戦ったという点だ。

この戦いの後、ヴァレリウスを見ることはなかった。
実際、第二条約の後、来たときと同様に忽然と姿を消した。ああ、お前は常に番人についてあれこれと噂を聞いているそうだが、ほとんどは怪談のようなもので、語り草か何かに過ぎない。

ヴァレリウスについては、私が関係した事と、私が知りえた取るに足らない事しか話せないのだ。前にも言ったが、喜んで命を捧げられる人物は、彼をおいて他にいない。残りの部分に関しては、おまえ自身の判断に任せるとしよう。

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